はじめに
「何度伝えても、提出物や準備で注意を繰り返してしまう」
「宿題が始められず、声かけが増えてしまう」
外来でも、こうした悩みで受診される保護者の方は少なくありません。
子どものADHD(注意欠如・多動症)は、
「やる気」や「性格」「しつけ不足」ではなく、脳の働き方や生まれつきの気質に関係する発達特性です。
大切なのは、叱って直すことよりも、実行機能(段取り・開始・切り替え・見通し)の負担が増える場面を見つけて、「環境」と「手順」で支えることです。
場面の設計が合うと、「叱られてばかりの毎日」から「力を発揮しやすい毎日」へ、現実的に変わっていきます。
また、理解されないまま失敗体験が重なると、自己肯定感の低下や不登校、不安・抑うつなどの二次的な困りごとにつながることがあります。
だからこそ早い段階で、「今どこで困っているか」を整理し、支援の地図を描き直すことが大切です。
ADHDとは|概略と3つの特徴
ADHDは、注意や行動・感情の調整に関わる脳の働きに偏りがあることで、日常生活のさまざまな場面で困りごとが生じやすくなる状態です。
特徴は大きく次の3つに整理されます(どれが強いかは人によって異なります)。
1.不注意(集中しづらい・忘れやすい)
- 忘れ物、提出物の出し忘れが多い
- 課題の見通しが立たず、手が止まりやすい
- 片づけや準備が苦手で、探し物が増える
2.多動性(じっとしていられない)
- 座っている場面で体が動いてしまう/立ち歩いてしまう
- そわそわして注意されやすい
- 休み時間から授業への切り替えが難しい
3.衝動性(思いつきで動いてしまう)
- 順番を待つのが苦手/割り込みが増える
- 話の途中で口をはさんでしまう
- 感情の勢いで言い返し、トラブルになりやすい
ADHDのタイプ
※現在は「不注意」「多動性・衝動性」の強弱で理解する考え方が一般的です。目安としてご覧ください。
- 不注意優勢型:忘れ物、提出忘れ、ケアレスミス、先延ばしが目立ちやすい
- 多動・衝動優勢型:落ち着きのなさ、割り込み、衝動的行動が目立ちやすい
- 混合型:両方が目立ちやすい
日常で困りやすい場面(よくある入口)
ADHDの困りごとは「授業中」だけでなく、生活の段取りの中で負担が積み上がる形で現れやすいのが特徴です。ポイントは、実行機能(段取り・開始・切り替え・見通し)に負荷がかかったときに、日常が“回りにくく”なることです。
- 朝の支度が進まない:手順が多いほど止まりやすい
- 宿題・提出:始める/見通す/締切に合わせるが重なりやすい
- 片づけ・探し物:置き場所の固定や分類が負担になりやすい
- 友人関係で衝突が起きやすい:言い方・距離感・勢い
- スマホ・ゲーム:切り上げと時間感覚が絡みやすい
発達段階ごとの特徴
乳幼児〜就学前(0〜5歳)
- 体を動かす遊びが好きで、静かな遊びが続きにくい
- 興味が次々と移りやすい/切り替えがうまくいかない
- 危ない場所に行ったり、高い所に登ったりする
学童期(6〜12歳)
- 授業中に周りの物音や動きが気になり、集中が途切れやすい
- 宿題やプリントの出し忘れ、忘れ物が多い
- 授業中でも、思ったことをすぐ口にしてしまい、「ふざけている」と誤解されることがある
思春期前期・中期(12〜15歳)
- 自己管理(締切、持ち物、スマホ、先延ばし)が難しくなりやすい
- 友人関係の影響が大きくなり、衝動性がトラブルとして表に出ることがあります
- 不安や気分の落ち込み、睡眠の乱れが重なりやすい時期です
思春期後期(16〜18歳前後)
- 進学・就職で、スケジュール管理・締切・優先順位づけに問題が出てくる
- 工夫がないと「頑張っているのに結果が出ない」感覚が強まりやすい一方、環境選びと支援で力を発揮しやすい人も多い時期です
ADHDと併存しやすい状態
ADHDは、他の困りごとと重なって見えることが少なくありません。併存を整理すると、支援の優先順位が決めやすくなります。
ここでは、まず日常への影響が大きく、見立てや支援方針に関わりやすいものを挙げ、そのうえで重なりやすい状態をまとめます。
方針を左右しやすい「優先して確認したいこと」
- 気分の波(双極スペクトラム等):衝動性や情動の揺れと見え方が重なることがあります。睡眠や活動量の変化も含め、経過を丁寧に確認します。
- 睡眠リズムの乱れ:昼夜逆転や入眠困難が続くと、集中・気分・衝動性が強く見えやすくなります。
- ゲーム・ネットの過度な使用:切り替えの負担と睡眠の崩れが重なると悪循環になりやすく、生活リズムとルール設計をセットで扱います。
あわせて整理しておきたい、重なりやすい状態(例)
- 不安症
- 抑うつ症状
- 自閉スペクトラム症(ASD)
- 学習の困難(SLD/LD)
- チック症 など
受診を考える目安
- 本人の自信が落ち、回避や登校しぶりが重なってきている
- 叱責やトラブルが続き、家庭や学校が消耗戦になっている
- 睡眠の乱れや不安、登校しぶり、ゲーム・スマホの影響が重なってきている
診断と評価|児童精神科ではどのように見立てるか
当院では、診断名をつけることだけを目的にせず、
「この子はどういう特性がありそうか」
「どんな場面なら力を発揮しやすいのか」
を一緒に言葉にしていくことを大切にしています。
1.事前の情報整理(問診フォーム等)
- 困っている具体的な場面(家庭/学校/友人関係)
- 生育歴
- 学校での様子
- 家族歴 など
などを整理し、診察時間を「支援の設計」に使えるようにします。
2.初診面接
医師が、お子さんと保護者の方双方から丁寧にお話をうかがいます。
- いつ頃からどのような症状が目立ってきたか
- 家庭・学校・友人関係それぞれでの様子
- 強みや得意なこと、好きな活動
などを確認し、「困っていること」と「大切にしたいこと」を整理していきます。
3.心理検査・行動評価(必要に応じて)
必要に応じて、WISC、Conners-3などの検査や行動評価尺度、学校からの情報等を組み合わせ、注意・ワーキングメモリー・処理速度などのプロフィールを把握します。
4.総合的な診断・フィードバック
フィードバックでは、「診断名」だけでなく、
- どんな場面で特性が出やすいか
- どんな工夫が有効か
- 家庭と学校でどう共有すると進みやすいか
を、できるだけ具体的に整理します。
支援と治療|「環境」と「スキル」を整える
ADHDの支援は、「特性そのものをなくす」ことではなく、
- 困りごとを減らす
- 強みを発揮しやすくする
- 本人と家族の安心感を高める
ことを目標に組み立てます。
1.環境調整
ADHDのお子さんにとって、
- 情報量が多すぎる環境
- 予定が見通しづらい状況
は負担になりやすくなります。
具体的には、
- 手順を見える化する(チェックリスト、タイマー、テンプレ)
- 「最初の一手」を決める(開始のハードルを下げる)
- 置き場所を固定する(探し物を減らす)
- 刺激を調整する(座席、作業場所、休憩の取り方)
など、仕組みで回る形を作ります。
2.行動療法・ペアレントトレーニング
行動療法では、うまくいっている行動に注目して増やし、うまくいきにくい行動には“きっかけ”や環境を整えて減らしていきます。
ペアレントトレーニングでは、
- 指示を短く・具体的に伝える(1回に1つ)
- できたことをすぐに具体的にほめる(結果より工程)
- ルールは事前に話し合って決める
といった方法を、家庭で無理なく使える形に整えていきます。
3.学校との連携
学校では「努力」で埋めにくい負担が出やすいため、学びの機会を守る配慮が有効です。
- 座席の工夫(前方・先生の近く等)
- 板書や提出の負担調整(配布、撮影、穴埋め等)
- テスト形式の調整(時間、並び、見直しの工夫)
- 切り替えの支援(予告、休憩、クールダウン導線)
などを、学校と共有しながら現実的に組み立てます。
4.薬物療法(必要なときの補助)
環境調整や行動療法を行っても、日常生活の困りごとが大きく、本人や家族の負担が大きい場合に検討します。
当院では、薬は「すべてを解決するもの」ではなく、「特性と付き合いやすくするための補助輪」として位置づけ、目的と効果・副作用を確認しながら慎重に進めます。
当院で大切にしていること
- ADHDの症状を「サボり」「しつけの問題」としてではなく、特性と環境のミスマッチとして整理します
- 診断名だけで終わらせず、家庭と学校で共有できる形にして“特性地図”を整えます
- 環境調整・行動療法・保護者支援・学校連携を土台に、薬は必要性が高い場合に補助として検討します
- ADHDだけでなく、不安、気分、睡眠、ASD傾向、学習の困難、ゲーム・スマホの問題、不登校なども含めて全体像で支えます
最近のトピックと当院のスタンス
近年は、学校・家庭・デジタル環境の変化により、ADHDの困りごとが「生活の回りにくさ」として表面化しやすくなっています。
当院では、特性そのものを責めるのではなく、睡眠・生活リズム、環境設計、関わり方を整えることで負担を下げる方針です。
- ゲーム・ネット:禁止だけで対立を強めず、睡眠を土台にしながら時間・場所・例外を含めたルールを設計します
- 衝動性に関連するトラブル:行動の背景(状況・ストレス・環境)を整理し、再発しにくい対応を家庭・学校と共有します
- 併存の整理:不安・抑うつ・睡眠・気分の波などを確認し、支援の優先順位を決めます
よくある質問(FAQ)
叱れば改善しますか?
その場では止まっても、同じ場面で同じ種類のつまずきが繰り返される場合は、「手順」「見通し」「切り替え」の負担が中心になっていることがあります。注意を増やすより、仕組みを整える方が改善しやすいことが多いです。
女の子のADHDは見逃されやすいですか?
不注意が中心だと、周囲から「おとなしい」「ぼんやり」に見えて困りごとが内側に溜まりやすいことがあります。疲れや自己評価、不安の有無も含めて整理します。
スマホやゲームの問題はADHDと関係しますか?
切り替えや時間感覚の負担があると自己管理が難しくなりやすい面があります。禁止一択ではなく、ルール設計と睡眠をセットで整えるのが現実的です。
受診したら必ず薬になりますか?
いいえ。支援の中心は環境調整とスキル支援です。薬は必要性が高い場合に、目的と効果・副作用を確認しながら検討します。
参考文献・ガイドライン(抜粋)
- NICE guideline: Attention deficit hyperactivity disorder(NG87)
- American Academy of Pediatrics: ADHD Clinical Practice Guideline
- Canadian ADHD Resource Alliance(CADDRA): Canadian ADHD Practice Guidelines
- European ADHD Guidelines Group(EAGG): ADHDの評価と治療に関する推奨(総説・提言を含む)
- 国内:ADHD診療に関する診療ガイドライン/手引き(最新版の位置づけに基づき適宜参照)
まとめ
ADHD(注意欠如・多動症)は、本人の努力不足ではなく、特性と環境の噛み合わせで困りごとが形になります。
手順・見通し・刺激量を整えることで、日常が回り始めることは少なくありません。
診断はゴールではなく、「安心して暮らし、力を発揮できる環境づくりのスタートライン」です。