はじめに
「友達づきあいが難しい」「マイルールに強くこだわる」「予定が急に変わると不安が強くなる」。
こうした様子が続くと、保護者の方は「個性の範囲なのか、支援が必要なサインなのか」で迷われることが少なくありません。
自閉スペクトラム症(ASD:Autism Spectrum Disorder)は、人との関わり・コミュニケーション、興味や行動のパターン、感覚の感じ方に特徴が見られる神経発達症です。
大切なのは、叱って「直す」ことよりも、お子さんの理解のしかた・疲れやすさに合う環境と手順を整えることです。環境が合うと、落ち着いて力を出しやすくなる場面が増えていきます。
ASDの特徴|3つの領域で「困りごとの原因」を整理する
ASDの特性は、程度の差はあっても、次の領域が組み合わさって見られることが多いとされています。ここが整理できると、「なぜその場面が苦しいのか」が説明しやすくなります。
① 人との関わり・コミュニケーションの特徴
表情や声のトーン、場の流れなど“言葉にならない情報”の読み取りが負担になりやすいことがあります。
「人が嫌い」ではなく、対人場面で脳の処理量が増え、疲れやすくなっている状態として理解すると支援につながります。
② 行動や興味の偏り・こだわり(予測可能性のニーズ)
順番・手順・ルールがあると安心しやすい一方、変更が入ると不安が強く出やすいことがあります。
こだわりは“わがまま”というより、「先が読める枠組み」を必要とする特性として捉えると、関わり方の選択肢が増えます。
③ 感覚の感じ方の違い(感覚過敏・鈍麻)
音・光・におい・触覚などが強い負担になったり、逆に痛みや寒暖に気づきにくかったりします。
家族が気づきにくい負担ほど、本人は「理由はうまく言えないけれど、しんどい」になりやすいのがポイントです。
日常で困りやすい場面(つまずきやすい“4つのきっかけ”)
同じ特性でも、「どんな条件が重なるか」で困りやすさは大きく変わります。特に次の4つが重なると、負担が一気に上がりやすくなります。
- あいまいさ:指示が抽象的/暗黙のルールが多い
- 変化:予定変更、初めての場所、突然の役割変更
- 同時処理:複数の指示、周囲の刺激、集団での素早い判断
- 感覚刺激:教室の密度、音、光、におい、人混み
(例)「班活動で役割がはっきりしないと止まる」「先生の冗談を文字どおり受け取って傷つく」「行事が続くと家で崩れる」などは、ミスマッチが積み上がっているサインとして理解すると整理が進みます。
発達段階ごとの特徴
ASDの特性そのものが急に変わるというより、年齢とともに生活の“要求水準(暗黙のルール・同時処理・対人の複雑さ)”が上がることで、困りやすさが表に出やすくなります。
乳幼児〜就学前(0〜5歳)
- やりとり遊びより、ひとり遊びや反復遊びが中心になりやすい
- ことばがゆっくり/独特(おうむ返し、言い回しの独特さ)
- 場所や順番の変化で不安が強くなりやすい
- 「おとなしい」「マイペース」と受け止められ、気づかれにくいこともあります。
学童期(6〜12歳)
- 集団活動での“暗黙のルール”や役割理解が難しくなりやすい
- 指示があいまいだと、動けなくなる/固まりやすい
- 行事や席替えなど変化が増え、疲れがたまりやすい
- 誤解(やる気がない、協調性がない等)が重なると、不安や自己否定が強まりやすくなります。
思春期前半〜中期(12〜15歳)
- SNS/LINEの“空気の読み合い”が負担になりやすい
- 冗談、遠回し表現を文字どおり受け取り傷つきやすい
- 学校では頑張って、家庭で反動(疲れ・不機嫌・涙)が出ることもあります。
思春期後期(16〜18歳前後)
- 進学・就職・自立(時間管理、優先順位づけ、人間関係の変化)が課題になりやすい
- 一方で、得意分野が定まると集中力・継続力が強みとして前面に出やすくなります。
日常生活での困りごと|学校・家庭・友人関係
学校生活
- グループ活動で役割が分からず、「何もしない子」と誤解される
- 指示があいまいだと混乱し、動けなくなることがある
- 行事や席替え、担任の交代など「変化」が大きなストレスになる
家庭生活
- 予定の変更に強い不安や怒りを示し、「わがまま」に見える
- 音・光・においなど、家族には気にならない刺激がつらい
- 好きなことに没頭しすぎ、切り替えが難しくなる
友人関係
- 気持ちや場の空気を読み取りにくく、無意識に失礼な言動になることがある
- 興味のある話題を話し続け、相手が退屈していることに気づきにくい
- 「からかわれ」と「いじめ」の境界が分かりにくく、深く傷つくことがある
これらは努力不足ではなく、情報処理・感覚と環境のミスマッチとして整理すると、支援の糸口が見えやすくなります。
ASDと併存しやすい状態
ASDは、他の困りごとと重なって見えることが少なくありません。併存を整理すると、支援の優先順位が決めやすくなります。
- 不安症:場面回避、パニック、強い緊張が中心になっていないか
- ADHD:不注意・衝動性が重なると「生活が回りにくい」が増えやすい
- 睡眠の問題:寝つきの悪さ、夜更かし、朝起きられないが長引いていないか
- 抑うつ(うつ状態):失敗体験や誤解が重なると二次的に生じやすい
- 学習の困難(SLD/LD等):理解はあるのに読み書き・板書・作文で消耗していないか
- 「ASDだけ」で説明すると遠回りになることがあるため、経過と生活機能を見ながら全体像で評価します。
受診の目安(こんなときは一度ご相談ください)
- 学校や園でのトラブル・孤立が続いている
- こだわりや感覚の負担で、家庭が回りにくい
- 不安、癇癪、疲れ切った様子が増えている
- 保護者の方が「このまま様子見で良いのか」不安が強い
受診=すぐ診断・すぐ薬、ではありません。まずは現状を言葉にして、支援の選択肢を整理するところから始めます。
診断と評価|児童精神科ではどのように見立てるか
当院では、ASDかどうかを決めるだけではなく、
「この子の得意と苦手をどう整理すると、支援の地図が描きやすいか」を重視して評価を行います。
当院で整理する3つの見立て軸
- 対人場面の負担:どのやりとりで疲れるか(説明の理解、表情の読み取り、距離感など)
- 予測可能性の必要量:予定変更や曖昧な指示でどれだけ崩れるか、回復に何が要るか
- 感覚の負担:本人だけが強く消耗する刺激は何か(音、光、混雑、触覚など)
この3軸が見えると、「家庭・学校で何を変えると楽になるか」が具体化します。
1. WEB問診
ご自宅から入力していただける問診フォームで、
- 困っている具体的な場面(家庭/学校/友人関係)
- 発達・生育の経過
- 園・学校での様子、支援歴
などを整理し、診察時間を「支援の設計」に使えるようにします。
2. 初診(医師による面接)
医師が、お子さんと保護者の方双方から丁寧にお話をうかがいます。
- いつ頃からどのような傾向が目立ってきたか
- どんな条件で困りやすいか/どんな条件なら力が出るか
- 強みや得意なこと、好きな活動
などを確認し、「困っていること」と「大切にしたいこと」を整理します。
3. 心理検査・質問紙(必要に応じて)
- ASD特性に関する質問紙
- WISCなどの認知プロフィール(得意・苦手の見え方)
- 注意・不安・気分・行動面の評価
併存(ADHDや不安など)も含めて全体像を把握します。
4. フィードバック
フィードバックでは「診断名」だけでなく、
- どんな場面で負担が上がりやすいか
- どんな工夫が有効か
- 家庭と学校でどう共有すると進みやすいか
を、できるだけ具体的に整理します。
支援と治療|「環境」と「スキル」を整える
ASDの支援は、治す/直すというより、
「その子の認知スタイル・感覚に合った環境とスキルを用意すること」
が中心になります。
1)環境調整:見通しと感覚の負担を整える
- 予定や手順を見える化する(カレンダー、チェックリスト、タイムテーブル等)
- 変更は“予告して具体的に”(いつ、何が、どう変わるか)
- 曖昧な指示は分解する(1回に1つ、例を添える)
- 感覚刺激を調整する(座席、休憩、イヤーマフ、照明、教室内の居場所等)
土台は「何が起きるか分からない不安」を減らすことです。
2)心理支援(SST/CBTなど)
- SST:あいさつ、断り方、助けを求める言葉、冗談の受け取り方などを練習する
- CBT:不安が強いときに、考えが極端になりやすい部分を整理して選択肢を増やす
3)保護者支援(ペアレントトレーニング)
- こだわりに「全部つきあう/全部やめさせる」ではなく、優先順位をつけて関わり方を整える
- 「できている部分」を意識して言葉にし、自己肯定感を支える
- ASDの子育ては保護者の負担が大きくなりがちです。「親のせい」ではなく、作戦(環境・手順・声かけ)を一緒に増やします。
4)学校との連携
- 「困っている場面」と「効く工夫」を共有し、学校で再現できる形にします(例:指示の出し方、見通し、休憩導線、評価場面の調整など)。“特別扱い”ではなく、学びに参加しやすくするための調整を行う。
“特別扱い”ではなく、学びに参加しやすくするための調整を行う。
薬物療法
ASDそのものを変える薬はありませんが、強い不安・パニック、睡眠障害、併存ADHDによる多動・衝動性などが生活に大きな支障をきたしている場合、補助として検討します。
当院では「薬で何をどこまで楽にしたいか」を確認し、必要最小限・期間限定を基本にします。
ASDの強み|社会で活きる形に“橋渡し”する
ASDの特性は、困りごとだけでなく強みとして働くことがあります。
- 集中力・没頭力(得意分野で粘り強い)
- パターン認識・観察力(違いや規則性に気づきやすい)
- 誠実さ・ルール遵守(約束を守ろうとする)
- 独自の視点(新しい見方や工夫につながる)
子ども時代に大切なのは、苦手さが自己否定になりすぎないよう支えつつ、「好き」「続けられる」を一緒に育て、将来の選択肢につなげることです。
当院で大切にしていること
- ASDを“ラベル”で終わらせず、家庭と学校で使える言葉にして「特性地図」を共有します
- 環境調整・心理支援・保護者支援・学校連携を土台に、必要に応じて医療を組み合わせます
- ASDだけで説明せず、併存(ADHD、不安、睡眠など)も含めて全体像で見立てます
- 日本の学校文化・ご家庭の事情に合わせ、続けられる支援に落とし込みます
国内外のトピックと当院のスタンス
近年は、「標準に近づける」だけでなく、本人の認知スタイルや強みをどう活かすか(神経多様性の視点)も含めて支援を考える流れが広がっています。
一方で、支援は“考え方”だけでは進みません。実際には、
- 睡眠や生活リズム
- 感覚の負担
- 見通し(予測可能性)
という土台を整えた上で、家庭と学校で回る具体策に落とし込むことが重要です。
当院では、国内外の知見とガイドラインを踏まえつつ、現場で継続できる形に翻訳していきます。
よくある質問(FAQ)
ASDかどうか、いつ相談したらいいですか?
生活が回りにくい状態が続くとき(学校でのトラブル、家庭の消耗、不安・癇癪など)は、一度整理する価値があります。受診は「診断を急ぐ場」ではなく、「支援の選択肢を整える場」として使えます。
ASDだと分かると「一生このまま」と考えてしまいます。
特性は生まれつきの部分が大きい一方で、環境調整やスキル獲得、周囲の理解で“困り方”は大きく変わります。診断は「理解の地図」を一緒に作る入口と捉えてください。
家庭でできる工夫はありますか?
「事前に」「目で見える形で」「変化は予告して具体的に」が効きやすいことが多いです。できていない点だけでなく、できた点を言葉にして残すのも土台になります。
薬は必ず必要ですか?
ASD自体に必須の薬はありません。不安や睡眠、併存ADHDなど“今困っている部分”が強いときに補助として検討します。
まとめ
ASDは、対人関係・コミュニケーション、こだわり、感覚の感じ方に特徴が表れる神経発達症です。
「わがまま」「性格」と片づけるのではなく、世界の見え方・疲れやすさと環境の相性として整理すると、支援の道筋が見えてきます。
当院は、ASDというラベルで終わりにせず、
お子さんが安心して学び、暮らし、将来の選択肢を広げられる形を、ご家族と一緒に組み立てる場でありたいと考えています。
参考文献・ガイドライン(抜粋)
- American Psychiatric Association. Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed., Text Revision(DSM-5-TR).
- World Health Organization. ICD-11: International Classification of Diseases 11th Revision.
- NICE. Autism spectrum disorder in under 19s: support and management(CG170).
- Sandbank M, et al. Project AIM: A meta-analysis of interventions for young children with autism. Journal of Autism and Developmental Disorders.
- American Academy of Pediatrics. Identification, Evaluation, and Management of Children With Autism Spectrum Disorder(Clinical Report).