子どものPTSD(心的外傷後ストレス障害)とは/安心と安全を取り戻すための支援
はじめに
通事故や災害、学校でのいじめや暴力、先生から強く怒られた経験、突然の入院や手術、身近な人の死。子どもがこうした出来事を経験したあと、
- 夜になると不安が強くなる
- 似た音や場所に触れた瞬間、体が固まって動けなくなる
- 「学校に行きたくない」「先生が怖い」と訴える
といった状態が続くことがあります。
周囲から見ると「もう終わったこと」のように思えても、子どもの心の中では、過去の出来事が “今も続いている” ように感じられていることがあります。
このような状態が長く続くとき、心的外傷後ストレス障害(PTSD) の可能性を考えます。
PTSDは性格の弱さではありません。
脳と心が「まだ危険かもしれない」と判断し続けている状態で、
早めに気づいて環境を整え、専門的な支援を組み合わせることで、回復への道筋がつきやすくなります。

子どものPTSDとは ─ 脳と心で起きていること
PTSDは、強い恐怖を伴う出来事のあと、
- 危険を察知する脳のシステムが過敏になり
- 恐怖の記憶が整理されず、まるで“現在のこと”のように感じられる
ことで起こります。
子どもは言葉で説明するのが難しいため、
- 頭痛・腹痛
- イライラ
- 元気のなさ
- 登校しぶり
など、行動や身体症状 として表れやすいのが特徴です。
子どものPTSDに特徴的な3つの症状
1. 再体験(フラッシュバック・悪夢)
怖かった出来事が、夢や一瞬のイメージとして繰り返しよみがえります。
- 似た音・匂い・場所に触れたとき、瞬間的に当時に戻ったように感じる
- 同じ怖い場面の夢を何度も見る
幼児〜学童期では、言葉ではなく、
- 事故や暴力の場面をごっこ遊びで繰り返す
- 同じストーリーの遊びを何度も続ける
など、「遊びや行動」として再現されることも少なくありません。
2. 回避と感情の麻痺
子どもは、嫌な記憶を思い出す場所や人、話題を無意識のうちに避けるようになります。
- 学校で恐怖体験があった場合、登校自体を強く嫌がる
- 特定の教室・先生・友人を避ける
- それまで好きだった遊びへの興味を失う
その結果、感情の動きが少なくなり、
「何も感じない」「楽しいことがない」ように見えることもあります。
3. 異常な警戒状態(過覚醒・過緊張)
常に緊張している状態が続き、心も体も休まりません。
- 小さな物音にも過敏に反応して驚く
- 寝つきが悪く、夜中に何度も目が覚める
- ささいなことで怒りやすくなる、じっと座っていられない
子どもにとっては、
「いつ何が起きるかわからない」 感覚が続いている状態です。
子どもと大人の違い ─ 「行動」と「体の症状」に出やすい
同じPTSDでも、子どもと大人では症状の出方が異なります。
大人は出来事や感情を言葉で整理しやすい一方で、
子どもは「感覚の記憶」として残りやすく、
- 行動
- 身体症状
を通じて訴えることが多くなります。
「怖かった」「あのときのことを思い出す」と言葉で話せるとは限りません。
- 「お腹が痛い」
- 「学校に行きたくない」
- 「すぐイライラしてしまう」
といった形で表に出てくることが多いのが特徴です。
子どものPTSDでは、「何が起きたか」以上に 「その後どう支えられたか」 が回復に大きく影響すると言われています。
発達段階ごとの特徴
乳幼児〜就学前期(0〜5歳)
この時期は言葉で状況を説明することが難しく、
- 夜泣き・寝つきの悪さ
- 分離不安(保護者から離れると激しく泣く)
- いつもより抱っこを強く求める
- 遊びで同じ「怖い場面」を繰り返す
といった形で表れることがあります。
小学生期(6〜12歳)
- 登校しぶり・不登校
- 朝になると腹痛や頭痛を訴える
- 特定の教室・場所・先生・友人を避ける
- 「怖い夢を見る」「嫌なことを思い出す」と話す
理由をうまく言葉にできず、ただ「学校に行きたくない」とだけ訴える場合も少なくありません。
思春期前半〜中期(12〜15歳)
- フラッシュバックや強い過覚醒
- イライラ・怒り・無気力が強く出る
- 自分を責める気持ちや罪悪感
周囲からは「反抗的」「やる気がない」と見られやすく、
PTSDが見逃されることがあります。
思春期後期(16〜18歳前後)
- 出来事自体は説明できても、感覚的な恐怖が続く
- ぼんやりして記憶が抜ける(解離症状)
- 「自分には価値がない」「将来が思い描けない」と感じる
進路や対人関係に影響し、長期化することもあります。
他の病気との違いと、重なりやすい状態
子どものPTSDは、不安障害や適応障害と似たところがあり、
「どれに当てはまるのか?」と迷うことも少なくありません。
違いは細かく分けすぎる必要はありませんが、支援の方向性を決めるうえで最低限知っておくと役立ちます。
不安障害との違い
- 不安障害
→ これから起こるかもしれないこと(失敗、人前、学校など)への心配や恐怖が中心。 - PTSD
→ 交通事故・暴力・いじめ・医療処置など、すでに起きた出来事がきっかけとなり、
その体験に結びついた「再体験・回避・強い緊張」が続く点が特徴です。
不安障害への支援が「安心感を少しずつ広げていく」ことを中心とするのに対し、
PTSDでは、必要に応じて 出来事そのものを安全に振り返る支援 を加えるかどうかがポイントになります。
適応障害との違い
適応障害も、転校・進級・友人関係の変化などをきっかけに、落ち込みや不安が出る点ではPTSDと似ています。
ただし多くの場合、PTSDほどの
- フラッシュバック
- 強い過覚醒(いつもピリピリした緊張)
はみられません。
適応障害では「環境を整えること」が中心になりやすいのに対し、
PTSDでは、必要に応じて トラウマ体験の整理 まで視野に入れて支援を考えていきます。
一緒にみられやすい状態(併存)
PTSDのお子さんでは、次のような状態が一緒にみられることも少なくありません。
- 不安症
- 抑うつ状態
- 不登校
- 発達特性(ADHD・ASD など)
- 解離症状(ぼんやりして記憶が抜ける など)
- ゲーム・スマホの過剰使用 など
大切なのは診断名を増やすことではなく、
今、何が重なってお子さんのしんどさをつくっているのか
を整理し、「どこから整えていくと生活が楽になるか」を一緒に考えていくことです。
受診の目安
次のような変化が、きっかけとなる出来事のあとに 数週間以上続く 場合、受診や相談を検討してよいサインです。
- 夜泣きや悪夢が増えた
- 些細な物音で驚き、常に緊張している
- 事故やいじめに関連する場所や話題を極端に避ける
- 朝になると腹痛や頭痛が出て、学校に行きづらくなっている
- 表情が乏しい/怒りっぽい/以前より元気がない
必ずしも「PTSDです」と決めるためではなく、
お子さんの心とからだの負担を早めに軽くするための相談 と考えていただければ十分です。
子どものPTSDの治療と支援
1. 安心できる環境づくり
支援の出発点は、子どもが
「もう危険ではない」「ここは安心していていい場所だ」
と感じられる環境を整えることです。
- 生活リズムを整える
- 予定がある程度予測できる1日の流れをつくる
- 安心して一緒に過ごせる大人・場所を確保する
こうした土台があってこそ、心理的な支援も力を発揮します。
2. 心理的支援(TF-CBTなどトラウマに配慮した心理療法)
子どもの理解力や発達段階に合わせて、
トラウマ体験を安全な形で振り返りながら、思考や感情、行動を整理していく方法が用いられます。
当院では、無理のないペースで進めることを大切にし、
保護者の方への心理教育や、家庭での関わり方の工夫も一緒に考えていきます。
3. 学校との連携 ─ 「無理に行かせるかどうか」の判断
学校生活への影響が大きい場合は、学校との連携が重要になります。
- 刺激の多い場面を一時的に避ける
- 別室登校・短時間登校など、段階的な復帰プラン
- 担任の先生やスクールカウンセラーとの情報共有
特に、「先生から強く叱られた経験」や「いじめ」がトラウマとなっている場合、
無理に登校を促すことで、かえって症状が悪化すること もあります。
どの教室に、どのペースで、誰と一緒に戻っていくのがよいか、
お子さんの安全感と学校側の理解を確認しながら、一緒に調整していきます。
4. 薬物療法の位置づけ
薬物療法は、
- 強い不眠
- 強い不安
が続く場合に、必要に応じて用いることがある支援です。
「心理支援と環境調整を補うもの」 として位置づけ、必要性や安全性を丁寧に説明したうえで検討します。
当院で大切にしていること
当院では、国内外のガイドラインや研究(日本トラウマティック・ストレス学会ガイドライン、TF-CBTのメタ解析など)を土台にしつつ、【お子さん・ご家族・学校】という日常生活の枠組みの中で、「現実的に続けられる支援」 を一緒に考えることを大切にしています。
診察では、
- 「何が起きたか」だけでなく、「その後どう支えられてきたか」
- 発達特性や不安症・うつ病など、他の症状との重なり
- 学校生活・受験・きょうだい関係・家庭の事情
といった要素を整理しながら、
その子なりの「回復の地図」 を一緒に描いていくことを目指します。
また、
- 無理に話させない・無理に忘れさせない
- 子どもだけでなく家族全体の負担を見る
- 医療・学校・福祉が連携し、子どもが責められない環境を整える
といった点を、支援の大切な柱としています。
よくある質問(FAQ)
Q. 時間がたっても泣いたり怖がったりするのはおかしいですか?
- PTSDでは、時間がたっても恐怖の感覚が続くことは珍しくありません。
- 「まだ怖い」と感じること自体は、とても自然な反応です。
Q. 嫌な出来事は、なるべく思い出させない方がよいですか?
- 無理に忘れさせようとすると、かえって不安が強まることがあります。
- 「話しても話さなくてもよい」という前提で、安心できる場で気持ちを整理できることが大切です。
Q. 遊びで怖い場面を繰り返しているとき、止めるべきでしょうか?
- 遊びは、子どもが心の中を整理する大切な手段です。
- 危険な内容でなければ、無理に止めず、そばで見守ることが望ましい場面も多くあります。
Q. 親である自分もつらく、子どもを支える余裕がありません。
- トラウマの影響は子どもだけでなく、家族全体に及びます。
- 保護者の方が安心を取り戻すことも、お子さんの回復を支える大きな力になります。
- 必要であれば、保護者の方への相談や支援も一緒に考えていきます。
国内外のトピックと当院のスタンス
子どものPTSDに対しては、国内外でガイドラインや研究が整備され、エビデンスに基づいた支援 が重視されています。
- 日本トラウマティック・ストレス学会ガイドライン(2023)
- 子どもと家族をひとつの単位として支える「包括的支援」の推奨
- CohenらによるTF-CBTの有効性を示したメタ解析 ほか
当院の支援は、これらの知見を土台としながら、
- 日本の学校生活・受験制度
- ご家庭の状況や地域資源
といった現実の条件を踏まえ、「その子にとって、続けられる形は何か」 を一緒に考えていくことを大切にしています。
参考文献(抜粋)
- 日本トラウマティック・ストレス学会(2023)『心的外傷後ストレス障害治療ガイドライン』
- Cohen JA et al. Trauma-Focused CBT for Children and Adolescents. JAMA Psychiatry, 2021.
- American Psychological Association (2020). Clinical Practice Guideline for PTSD in Children and Adolescents.
- 久保純子・松永麻子(2019)「小児PTSDと家族支援」『精神科治療学』 ほか
おわりに
子どものPTSDは、「心が弱いから」起きるものではありません。
とても大きな出来事に、心と体が必死に適応しようとした結果として生じる反応です。
適切な理解と支援があれば、時間はかかっても、少しずつ、確実に回復していきます。
このページが、
「もしかしたら相談してもいいのかもしれない」
と感じていただく小さなきっかけになれば幸いです。
気になることがあれば、どうか一人で抱え込まずご相談ください。